現代のモーツァルトとは誰か。

モーツァルト 考察

こんにちは!けいちゃんです!
突然の告白で申し訳ないが、僕は「怪文書」が大好きです。

ごめんなさい・・こんなこと言われたら驚いちゃいますよね・・・

どうにか怪文書とお付き合いしていきたいので、怪文書の好きなところを言いたいと思います!

「この記事で解決できること」

・怪文書の魅力

・怪文書の有名な事例

・作り方の例

本記事では怪文書の魅力を伝えられれば良いなと思います!

怪文書が書ければ、就活も受験もお手のものですね。

前半では怪文書の魅力を、後半では作り方を解説していきたいと思います!

怪文書の魅力、特徴

怪文書って、街中に溢れているんですよ。

勿論インターネットやSNSにも溢れてはいるんですが、駅や市役所、チラシなどによって太古の昔から私たちの生活に根付いているんですよ。

ただトトロや妖怪ウォッチみたいに、そこにいるのに我々が気づかないだけなんですよね。

怪文書を作り、公開している作家たち。彼らの大半は「溢れる思いが止まらない」方々です。

恋や政治、民間問題に対して切り込みたい。自分の思いをアウトプットし伝えたい。

しかし書きたい文章に手が追いつかないため、どうしても文法が乱れてしまうわけですね。

かのモーツァルトは、頭に思いつく曲に楽譜を書く手が追いつかなかったと言います。

つまり怪文書作家は現代のモーツァルトと言っても過言ではないわけです。

そんな怪文書。最大の特徴は「常人的でない発想力と文法力」にあると思います。

怪文書作家の発想力

彼らの発想力は凡人には真似できないもの。

具体的には取り上げる題材が常人では思いつかないものなのです。

人は直面した問題について真剣に悩む時、その悩みは大体自分の身の丈に合った問題であると思います。

結婚していない若い人は恋や将来。家族を持つ大人の方々は家計や仕事について悩みますよね。

決して結婚していない若い人が家計のことに悩みませんし、家族を持つ大人の方が純粋に恋について悩むことは少ないと思います。

そんな常人には切り込めない問題に真っ向から向き合う。それが怪文書作家たちなのです。

例)長渕剛は人の肉を食べている。
怪文書作家の常人ではない発想力

こんなことを誰が悩むでしょうか。

我々凡人であれば、人が人を食うなんて発想はそもそもできませんし、百歩譲って長渕剛が本当に人の肉を食べていたとしても、僕らはそれを問題ではないと認識するのです。

優秀な経営者に必要な素質として、視野の広さと発想力を挙げる資料を見たことがあります。

彼らは経営者という自分が勝てるフィールドは選ばず、あえて困難な道を選んだ者たちなのかも知れません。

怪文書作家の文法力

彼らの使う文法は「感情文法」で、読み手に感情を直接訴えかけられるようになっています。

具体的には、彼らは頭に浮かんだ思いを「そのまま」形にしているのだと考えられます。

なぜ「そのまま」を強調したのか。それは感情や思いに形はないからです。

例えば「怒り」という感情を文章で表現する場合、その文章は文法のルールや文脈など、さまざまな思考のフィルターを通り、一般的な文章として出力されます。

これは自然の素晴らしさを伝えるために、ディスカバリーチャンネルを見せるようなもの。

本当に伝えたいのはパッケージングされた「自然」ではなく、自分が現地で感じた「自然」そのもののはずですよね。

しかし人間は感情を共有できる生き物でも時間が無限にある生き物でもありませんので、自分の主観とその場の応急処置でしか伝達ができないのです。

怪文書作家はそういった人間の習性にメタ位置から切り込んだ文書を生み出します。

例)犬も狸も入れて皆さんの散歩道です。マ?良心?
怪文書作家の常人ではない文法力

文法としては義務教育以下の点数をつけられてしまいそうですが、読み手には「自分の怒り」をリアルに伝えることができていると思います。

言葉を選ばず、その時浮かんだ単語で心境を表し、それを書き殴る。

そうすると書いた当時に感じていた「怒り」を読み手は手に取るように感じることができるのです。

かの哲学者ジョン・ロック「赤、青などの色はその概念を説明できても、個人個人がどんな色で見えているかを説明することはできない」と論じています。

つまり当人が感じている感覚を他の人間がいくら分析しても、情報としての感覚しかわからず本当に感じている感覚を感じることはできないという思想です。

そんな「逆転クオリア」と呼ばれる哲学を真っ向から論破できる。そんなツールに怪文書はなりうるのかも知れません。

怪文書の作り方

ここまで読んでいただいた方の中には、怪文書を作りたくてウズウズしている方も多いのではないかと思います。

でも焦ってはいけません。怪文書作家たちは凡人ではないため、我々凡人はある程度場数を踏まなければならないのです。

まずは入門講座として、怪文書を作る上での考え方について書きます。

最初に質問します。みなさんは今までどんな教育を受けてきましたか?どんな地域や身分であろうと、少なくとも義務教育では、等しく同じ教育を受けていることでしょう。

今回、それらの教育は全て忘れてください。

教育というのは、学問だけではありません。学校で教わった道徳や常識も全て取り払い、自分の奥底が見えるようにしてください。

では、実際に書いていきましょう。


・お題を設ける

怪文書を書く上でまず必要なのは「お題」です。

「何の目的があって書いたのか」を考えておくと、教育から抜け出しやすくなるのです。

・あるある(〜を /〜するやつ/大体〜

・YouTubeのタイトル(〜を/〜して/〜してみた

・相談事への相槌(まあ〜は/〜したら/〜だからな

お題は自由ですが、上記のように3文に分類できるような文脈が怪文書になりやすくおすすめです。

・最初の文を埋める

・あるある(信号機を/〜するやつ/大体〜

・YouTubeのタイトル(痔の人を/〜して/〜してみた

・相談への回答(小便は/〜したら/〜だからな

ここは何でもいいです。自分が思いついたことをそのまま書いてみてください。

ちなみに、怪文書に一般教養を用いるのはここで最後となります。ここからは高度な技術を用いますので、少し難易度が上がります。

・2番目に全然関係ないことを書く

・あるある(信号を/試す奴/大体〜

・YouTubeのタイトル(痔の人を/集めて/〜してみた

・相談への回答(小便は/公園の周りに蒔いたら/〜だからな

ここでの最大のポイントは「本当に関係ないことを書く」ことで、関係なければ関係ないほど深みが出ます。

しかしここでは多少関連性があっても違和感はありません。そもそも3文にしたのは「文脈が整っていない様」を擬似的に見せる効果があってのこと。

2分節目が常人的であっても、3分節目で一気に常人を超えることができれば問題はございません。

・3分節目に1、2とはさらに関係ないことを書く

・あるある(信号を/試す奴/大体現人神)

信号機を試す奴、大体現人神(あらひとがみ)

・YouTubeのタイトル(痔の人を/集めて/心底ブチギレてみた)

痔の人を集めて心底ブチギレてみた

・相談への回答(小便は/公園の周りに撒いたら/聖域ができるからな)

小便は公園の周りに撒いたら聖域ができるからな

現人神とは、生きた状態で神になった人間のことです。

そんな人はフィクションレベルで存在しませんし、信号機を試すことではおそらく就けない。そもそも信号機を試すという意味がわからない。

筋は通っていますね。

いかがでしょうか。怪文書っぽくはなったかなと思います。

ポイントは「少々独特な言葉を使うこと」です。

小説や参考書で見られるような、日常会話で使われないような単語を持ってくると常人度が著しく下がるのでかなりおすすめです。

ものによってはオチのようなものをつけることもできますので、奇怪な文章を面白おかしくまとめることも可能です。


・全体としてのポイント

怪文書はできたが何かが違うという方々。一度文章に目を通して「話題」と「文法」が常人的でないかを確認してみてください。

取り上げた話題は裏付けが無いような逸脱したものですか?

文法は現代的、一般的でないものですか?

それらが満たされれば満たされるほど、怪文書の質は上がっていきます。

これらを身につけ文節を次第に多くしていけば、駅や公園で見られるあの怪文書を書くことも夢ではありません。

険しい道ではありますが、目指してみたい方は試してみてはいかがでしょうか?

まとめ

いかがでしたでしょうか?

・怪文書は太鼓の昔から存在していた

・怪文書の魅力は「発想力」と「文法力」

・まずはお題を設けること

・次に文節を関係ないことで埋めること

・最後に「発想力」と「文法力」を見て全体のバランスを整える。

怪文書とは文章というしがらみを超えた全く新しい言語。そんな言語を身につければ、思想のすれ違いはなくなり、世界から争いがなくなる未来も考えられるのです。

そんな怪文書を、どうか皆さん新しい哲学として生活に取り入れてみてください。

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